「受容、どうでしょう」(2015.5.8)
で最近、
・・・という本を読みました。
昔、知的には問題ないが四肢に麻痺があり車椅子生活をしている方の講演を聞いた。その方は、
「頑張って食べこぼしながら自分で食事をするより、介助してもらってきれいに食べる方が気持ちいい」
「自分で歩くことを目標にして日々リハビリに励むより、最新の車椅子で颯爽と移動する方が快適だ」
と話していた。健常者に近付こうとする努力にかける時間を、他のやりたいことや仕事、活動に使いたいという。これが障害を受容するということなのか、と思いました。
この本では、やはり難病で手足が不自由になった方の体験談が書かれている。その方は、医師からある程度以上の回復は望めないから介助を受ける方針で・・・と言われても納得できず、リハビリを続けてかなり回復したという。今後の可能性も見込めるようだ。
この方は、「障害を受容しなかった」ということなのか。いやそれよりも、「障害を受容しない」ことはそれだけで批判されるべきなのか。
とりあえず、お二方とも自分で考えて判断ができる方だ。障害が先天的なものか否かにもよるけれど、それぞれの環境や状態を考慮して自らの意志で生活や人生を作り上げて充実している感じ。他にも、ガン闘病、パニック障害などに立ち向かう当事者の体験と「受容」に対する考えがこの本で読めます。
これまで「障害受容」というと本人ではなく親としての立場から考えてばかりいたので、書かれていることがいちいち新鮮に感じられる。とにかくいろいろ読み応えがある本です。
もちろん、この本では「本人の自己判断が難しい障害者の保護者」の受容も取り上げられています。そちらについて、また次回。