同じくらいの時期に入所しやはり久々の帰省をした人のお母さんと話していて一致した意見は。
「30年なんて1年でリセットされてしまう」
出産からずっと心も体も全力疾走、神経を尖らせて休む間もなかった生活。子が学校や放課後デイサービスに行っている間も帰宅後に備えた家事や突然の緊急電話でのんびりなんかしていられない。
それが自分達の普通の生活、と思っていた。というかそう思うことでいろいろ持ちこたえていたのかもしれない。隣の芝生なんか見ない、見てしまってもあれは幻、と認識した。
前にも書いたが「明けない夜はない」なんて言葉は嘘だ、夜明けを期待して待つよりずっと続く夜の中で暮らす術を探すべき、そう思っていた。
それなのに。昨年革命が起きた。幻が現実に、地平線の彼方に朝日が見えてしまった。いきなり変わった景色はそれまでと違い過ぎた。
戸惑ったなんてもんじゃない、飾れなかった花を飾り、家のあちこちにあった「防護柵」を外し、浮足立って医者通いとジム、挙句の果てにはレース編みときたもんだ。
1年も経てば生活ペースも軌道に乗る。そこへ、K君ひとときのご帰還です。
その様子はここでも書いたが本人は上機嫌で特に困らせることもせず、安心させてくれた。しかしこちらはもうぐったり。
以前はもっと困ることをたくさんしてくれてその後始末にずっと動いていたのに。ほんの半日一緒に過ごしただけで何故こんなに疲れるの?
自分達が年をとったから。そして、ほぼ規制のない生活が1年も続いたから。
これが「夜明け」なのか。でもなんとなくそう思えない、少なくとも完全な夜明けではないような気がする。
Kにとってはどうなのか。彼にも夜明けは訪れたのか。平和に落ち着いて過ごしている、といってもやはり考えてしまうのだ。
パニックもなく自傷も減っている、ならば少なくとも彼の精神は安定しているのだろう。そう思うことにした。自分達にとっての「普通」の意識はいつになっても気持ちのどこかに張り付いている。
それでもKが以前と同じ場所で同じようにのんびり寝転んでいる姿を見るとたまらなく懐かしくて、ちょっと泣きそうになりました。
この記事へのコメント
なつみ
tomoko
日帰りで自宅で過ごしました。1年は長かったです。時折帰って楽しく過ごしてまた戻る、それがイベントになってお互いの生活の張りになればと思っています。いつか小旅行に出られるかな。コロナさえなければ今頃はそうなっていたかもしれない。これから少しずつ慣れていきたいです。