前回の続き。
2日に分けて放送された番組の2回目では、現在のグループホームや入所施設についてスタジオで障害者ご本人も参加しての意見交換があった。最近は地域で障害当事者も参加しての検討会も開催されているらしいが、それを聞いても自分や同じような重度知的障害者の親は必ず思ってしまう。
「自分の気持ちが伝えられる、身辺自立もしている、なら入所より地域を選ぶのは当然だしそう言うよね。」
ある施設で地域移行に関する話題が出た時に、保護者から「うちの子を放り出すのか」という声が上がったという。最重度知的障害者の親のストレートで正直な反応だろう。
受け皿が用意されていて、それとセットで提案されなければ不安になるばかりだ。
暮らしの質とか生活の充実を与えてやりたくないのかと言われても、自分達の子はそれ以前に身の回りのことも完全にできないし慣れた相手以外との意思の疎通も難しい。
「まずは最低限の衣食住が保障されてほしい、話はそこから」ということ。
決して入所施設がいちばんと言いたいわけではない。実際、できればKももう少し自由な活動プログラムでいろいろな経験ができれば、といつも思う。当然、自分の楽しみややりがいをしっかり意識してそれを伝えられる人にはそういう生活ができる場やそこに至る道がもっと提示されるべきだ。
ただ親もずっと健康ではいられないし、福祉の手も無限ではない、切り分けられるパイにも限りがある。今は過渡期、そう思うことにしている。
育成会の機関紙「手をつなぐ」最新号は入所施設の特集号だった。
成人後の障害者の生活の場として「安定的な生活提供機能」「高齢期の不安解消機能」、現時点でその両者は入所施設のみに存在しているという。そこをどうカバーできるか、が「施設から地域へ」の受け皿の在り方なのかもしれない。
「この子は自分も親も変わらないままずっとこの日々が続くと思っているのだろうな」
ずっと前にここで書いた。
冬を越せば入所して3年、面会や外出ではいつも穏やかな表情をしているK。彼の中で自分の「暮らしの場」の認識はどう変化したのだろう。
この記事へのコメント
kensy
tomokoさんやKさんとは状況が全く違うのであれなんですが。。
>>「まずは最低限の衣食住が保障されてほしい、話はそこから」
実を言うと、私の場合、グルーホームを選んでいるのはそこだったりします。
知的が全く無い身体の人の場合、「理想的な自立生活は一人暮らし」みたいな考え方があるような気がしています。それはそうかもしれないけど、当事者の人生の先輩からの、「(ヘルパーを使った)ひとり暮らしは自由で最高だぞ!気楽だぞ!」というのがなんだか逆圧に感じてしまって、ちょっとうんざりしてしまったんですよね。。
私は気持ちこそ自由に伝えられますが、実際喉が渇いても一人でペットボトルのキャップも空けられません。ヘルパーさんだって、ずっとついて下さる方がいれば理想ですが、実際ひとり暮らしの当事者の方でヘルパーがいない時間帯にどうやって生き延びるかに頭を悩ませて一日丸々終わらせてしまう方もいる。私はそこまでの疲労を惜しんでまでの自由は正直欲しくないんですよね。。
恐らくどこであれうが、生活を満喫中♪なんてことはそんなにないのではないかなあと思っています。まあ生活ってどこでも大変ですよね。。
tomoko
やはりご本人、当事者から聞かないとわからないものですね。私は意思を伝えられる方でそれが可能な環境にあれば自由な一人暮らしを希望するのが当然、と思っていました。
確かに細かいことまで理解してもらうのは大変だし、ヘルパーさんとの相性もあるでしょう。何もかも満足、理想的な生活なんてそうそう手に入るものではないですよね。
先輩からの逆圧、なんとなくわかります。民間の福祉事業者やグループホーム利用者の親御さんから「入所施設なんてかわいそうですよ、地域に戻してあげましょう!」という圧を感じている親は多い。
生活・暮らしは人それぞれ、ですかね。
kensy
例えば、この方のnoteは身体障害の立場から入所施設には否定的というか、行きたくないと思っているのですが、「自立生活しんどい」とも吐露してるんですよね。これは矛盾ではなく、正直な気持ちなんだろうなと思うんです。状況は違えど、共感してしまう自分がいます。そしてまだ私は踏み出す勇気がない。今の安定を壊す勇気が無いんですよね。もちろん今が完璧とも思っていませんが。。
今は本当に過渡期なのかもしれませんね。
tomoko
リンク先のnote、拝見しました。「こうなるのがいちばん理想的」なんてはっきりしたものは多分いまはないのでしょう。探して、作らなければならない。健常者だって、価値観や能力によりそれぞれ理想とする生活や感じる幸せは違う。やはり過渡期なのでしょうかね。